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バックハンドでのカット練習3回目

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 3月度2回目の卓球教室に先日行ってきた。なぜか、その日はσ(-"-) のクラスの人は休みがおおくて、振替の人の3名と合わせて6名と結構少ない人数となった。近頃は、参加者が多かったので、少ない人数だとコーチに教えてもらえる時間が多くなるのでありがたい。 この日も、寒波が居座っていてこの冬の最後の寒さを頑張っている朝となった。いつものように歩いていくけれども、足先やら指先がとても寒い。そろそろ最後の寒さなんだろうと思いながら、準備運動もかねて歩いて行った。そして、いつも通りの時間に体育館に到着して、まずは教室が開始するまでサーブの練習をした。順横回転サーブで、もう少し曲がるようにするための工夫をしている。できれば、下回転を混ぜた順横回転にしていくように練習している。これまでは、ピンポン球の左側面を後ろから擦るようにしていた。この打ち方は、スピードが出たロングサービスにはなるけれども、どうも曲がり方は少ないように見える。 順横回転ということにこだわって、ピンポン球の左下を擦るのだけれども、どうしても後ろから前への力が大きく働いているように思える。後ろから前への力を大きく加えず、なおかつ横回転を出すために球の左側を捉えようと試行錯誤をしていると、あっという間に時間は過ぎてしまい、卓球教室の時間がやって来た。 今日も最初はフォアでウォーミングアップから始める。お相手は、σ(-"-) より少し早く卓球を始めたSさんである。卓球を始めたの時は約半年くらいの差があったけれども、ちょうどレベル的には同じで打ちやすい。 次に、振替教室できている方とフォアのラリーを行う。女性特有の打ち方の方で、押してくるような、擦っているような打ち方である。また、時折早い球で返ってくることもあるので、集中しながら打ち合わないといけない。ひょっとすると、σ(-"-) の打ち方もそうなっているのかもしれない。なにしろ、卓球教室にははいったものの、ラケットの持ち方とか打ち方を教えられたのは、最初のときだけだ。あとは、練習の中で身につけていったので、おそらく自己流の打ち方になっているのだろうと思う。 その後は、1回目のコーチとマンツーマンでの練習である。こちらは、定番のバックのショート、フォア打ち、フォアとバックの切り返し、下回転をドライブで打ち返す、そして最後にバックとフォアの...

ちょっとやり過ぎちゃうか ステルス増税

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 彼岸の中日ともいわれる、春分の日は穏やかな日中であった。もうすっかり、春の装いで気持ちの良い一日となった。今日は、お彼岸だし、おやつにはオハギを頂いた。なんだか、日本の文化を守っているって感じがしていいなぁ。 先日の参議院予算委員会で、共産党の議員が高市総理に「給付付き税額控除の議論を行っていく中で、消費税の増税とセットで 検討することになっているのか?」と質問をした。高市総理の回答は「 私自身 が消費税を増税するという考えは持っていない。」と明言した。って、当たり前やろ~。なんて、バカげた質問してんだろう。自民党の歴代首相は、自分の時には増税しませんと明確に言いながら、シレ~ッと増税してきたことを忘れたんかい。 なにしろ、これまで増税を打ち出した総理はすべて失敗しているんだから、これまでの歴史で学んできているっていうもんだ。 それよりも、今、きちんと論議しなければならないことは、通勤費を社会保険の算定に合算していることじゃないのかな。 所得税では通勤手当は実費弁償的性格をもつとして一定額まで非課税である。それに対して社会保険制度では「報酬」とみなされ負担が生じているのだ。このことに対して高市総理は「社会保険制度では、労働の対価として受け取るものはすべて「報酬」とみなす原則があり、負担の公平性の観点から現在の取り扱いとしている」と答弁している。 この答弁は詭弁にあふれている。そもそも、通勤手当って通勤場所へ通うためのものであって、労働の対価とはいいがたいものだ。もし仮に、通勤手当が労働の対価とするならば、通勤時間も労働時間に参入しなければならない。しかし、そこはスルーして取れるものはなんでも掠め取ってしまえっていうハイエナ的な意地汚い根性が丸見えの厚労省の考え方が浮かび上がっている。当時の厚生省としては、高齢化を見据えて社会保障の費用がかさむばかりなので、社会保険料を多く徴収しようという魂胆だったんだろう。手っ取り早く、所得が100%補足できるサラリーマンからいかに多く徴収するかに行きついたんじゃないのかな。そこで、通勤手当に手を付けて、屁理屈をこねて報酬とみなして社会保険料の網にかけたんだろうな。 高市総理は「働いて×5回、働きぬく」のはご自身だけで、他の人には押し付けないと答弁していたはずだ。通勤手当を報酬とすることを是としている制度の最高責任者である...

左巻き進歩派は謝りたくないのです

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 沖縄への修学旅行中に、辺野古沖で女子学生がお亡くなりになられた。海に放り出されて、船の下に入ってしまったために、救助の甲斐もなく、最悪の結果となってしまった。この事故で、船長もお亡くなりになられている。 修学旅行中に、辺野古の基地移転反対を主張している、”ヘリ基地反対協議会”がこの船の運航団体だったそうだ。しかし、修学旅行でこんな政治的な主張をする団体の船に乗せるって、同志社国際大学の先生って、筋金入りの”左巻き進歩派”を気取った人なんだろうな。 そして、この団体はこの事故に対して、謝罪会見を開いていた。しかし、これが謝罪する態度なんだろうか。なんだか、謝罪することが不服であるかのように、すこしだけ頭を下げるだけの姿勢で臨んでいる。これは、死者を出しての謝罪会見なんだから、やはり真摯に謝罪をする姿勢がないといけないんじゃないだろうか。 その後も、周りが事故の説明をしている間、ずっと腕を組んだまま椅子の上でふんぞり返っている。何が不満なんだろう。この場に連れてこられて、あたかも悪人のように言われている今の状況に抗議をしたいのだろうか。このジジィって、何様のおつもりなんだろう。自分のしていることは正しく、たまたまの不運が重なって事故になっただけだ。悪いのは大きな波を起こした天候であり、自分たちがおこなっている”ヘリ基地反対”の主張は反戦・平和への願いで、正しいものそのもだと思っているんじゃないのかな。こんな態度を貫いているのなら、同じような事故を繰り返しかねないと思えてくる。 世の中に不満があり、その欲求を解消するために、平和運動の名を借りて鬱憤晴らしをしているのかもしれんなぁ。なんで、こんな不遜な態度を、公衆の面前で撮ることができるんだろう。どうも、この事故でお亡くなりになった船長は、キリスト教の牧師だったらしい。キリスト教と一言でいっているが、この船長は日本基督教団の社会派に属しているそうだ。で、この社会派というのは社会派に積極的に関与しているそうだ。そして、同志社国際高校も、キリスト教で、なおかつこの社会派なんだそうだ。 ここに、同志社国際高校とヘリ基地反対派との接点が明らかになった。なぜ、平和学習にこの辺野古を選んだのかも、合点がいくというものだ。しかも、この修学旅行に用意されている7つのコースでは、民泊がセットになっているようだ。しかも、その民宿先が...

にほん昔話 鉄夫ジィサンの饅頭怖い

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 暖かくなって来たなぁと思っていたら、お昼からは天気は下り坂となった。ぽつぽつと降り出した雨は、本格的に降ってきている。この雨にのって、春が訪れるのだろうと無理やりに思うことにした。春の雨なので、ついこの前までのように身を切るような冷たさがないのが何よりだ。これで、春の農作物へも慈雨となって、順調に生育してくれればありがたい。  論語、論語、顎ぅ・・・あっ、言い間違えた。 Long Long Ago そう、昔むかしのことです。 ある村に、鉄夫爺さんが住んでいました。 鉄夫爺さんは、ある宗教に帰依して、毎日毎日お祈りをしています。おかげで、神様がお守りしてくれているのだと信じていました。 村人たちは、朝な夕なのお祈りのうるささに辟易としていたそうな。それでも、鉄夫爺さんは村人を代表した役割をしているだけに、無碍にもできません。村人たちは触らぬ神にたたりなしと、そっとしながら接していましたとさ。 ある時、鉄夫爺さんはC国からこの村に来ているお大尽の呉江浩ジィサンと村の談話室でお話し合いをしたそうな。 秘密の隠し事は、いつまでも隠し通すことはできません。ひょんなことで、その話し合いの場を、一人の村人の子が見てしまいました。その子は、親にそのことを話したため、とうとう村人たちの知るところとなりました。そして、村人たちは、「鉄夫爺さんはC国とつながっているんじゃないか。ひょっとするとC国の手先なのかもしれんぞ。」と噂をしだしました。 鉄夫爺さんにとっては、青天の霹靂。とてもじゃないけれども、こんな噂話をひろめられると、C国に慮ったことを実行することには障害になることは当たり前のことと思えました。 「とんでもないことじゃ。これまで、秘密にしていたことが村人にばれたら、村人たちの上に立って、うまいこと人々を誘導することもできんぞ。C国のえらいさんにも怒られちまう。何とか手を打たないといけないじゃないか。」と釈明をする方策を考えだしました。 鉄夫爺さんは「これこれ、何をいっとるんじゃ。やましいことがないから、村の談話室をつかったんじゃ。C国との密談やら、怪しげな話なら、村の談話室なぞ使うわけないじゃろ。そんな危ない話なら、通りにある茶屋やら、お食事処やら、一杯飲み屋を使うでな。まったく、C国の手先とはよう言うたもんじゃ。わしは、ほれ、この村の発展だけを考えとる生粋の村人じゃ...

いけずやなぁ~ サナエあればウレイばかりの消費税減税

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 一気に春が来たかのように、暖かい日中の陽射しが続いている。もう、春なんだろう、ソメイヨシノの桜の開花宣言が続いている。今週末に向けて、日本各地のソメイヨシノの開花宣言が続々と入ってくることだろう。ようやく、暖かい日がやってきて、σ(-"-) コートを脱いでウォーキングの足取りも軽くなってうれしい。 イランがホルムズ海峡を封鎖して、原油の先物取引が一バレル100ドルをまたまた超える事態となった。日本でもそれを受けて、ガソリンの価格がうなぎ上りに上がっている。もうすでに、高いところでは220円という価格も出てきている。先日は1日で20円も値上げしたそうだ。ガソリンスタンドは、原油価格が上がるとすぐにガソリン価格に反映をする。そのくせ、原油価格がさがるときはなかなか価格には反映をしない。車がないと生活できない地域の人の足元を見透かした値段のつけ方のようで、なんだか”儲け主義”の最たるもののようにも思える。 オイルショックの再来で、いよいよ物価が上昇しそうな雰囲気である。ガソリンだけではない、物流関係や交通関係も値上げになりそうな気がする。おまけに、電力やガスまでまたぞろ値上げに晒されそうだ。巷では、トイレットペーパーがなくなるとか言っているけど、それは1970年代に起こった第1次オイルショックで、デマだったっていう事を忘れちまったのかい? それ以外では、農産物用の肥料も足りなくなるので、また野菜をはじめとした農産物も値上げにつながるそうな。そして、納豆までもが値上げにつながるんだとか。納豆って、大豆なんだから関係ないじゃんと思っていたら、容器やら薄いフィルムが石油由来なので値上げの対象になるらしい。 それなのに、高市総理はいまだに物価高対策への重い腰をあげようとしていない。恰好だけはファイティングポーズをとっているんだけれども、その後がまったくの音なしである。こんな状況なんだから、いち早く物価高対策への手を打ってもらいたいものだ。 TACO高市総理のいう、消費税減税もどうも雲行きが怪しい。これまで、2回ほど消費税減税の問題点をつづって来たけれども、さらに問題点をあげてみる。 高市総理は消費税減税をすれば、減税分は価格が下がると思っているらしい。しかし、物価高は販売する側にも響いているので、減税分の一部はコストアップの穴埋めとか、この季節なので社員のベースアップ...

令和の黄門サマっていないんかしら

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 日本国内でトップを切って、高知と岐阜で桜の開花宣言が行われた。平年よりも9日も早いそうで、昨年よりもこちらも9日早いんだそうだ。つい先日まで、寒い寒いと言っていたのの、もう桜の開花宣言とは、あっという間に春がやって来たような気がする。春のお彼岸の前に桜の開花宣言が行われるとは、今年は暑い年になりそうな予感しかない。 高額医療の改悪が論議されている。今現在の、高額療養費の上限引き上げのことだ。今年の8月から高額療養費月額上限の引き上げと年間上限額の設定が行われる。そして、来年の8月にはさらにそれらを引き上げることだ。高額療養費の利用者は命に係わる傷病に罹患している人達である。手術や抗がん剤治療などの高額な医療費を負担しているこの人たちの医療費を、さらに引き上げるという改悪でしかない。 厚生労働省は持続可能な制度を確保するためのものであり、社会保険料の軽減のためなのだと言っている。しかし、今回の改正案では高額医療の見直しにより、社会保険料が一人当たり約120円見直されることになるそうだ。 なんと、スーパーで売られているペットボトル1本程度の負担軽減のために、高額療養を受けている患者の命と引き換えにすることが、この制度改正の本質だ。 ”日本維新の会”が示している、社会保険料の軽減ってやはりこんなもんなんだ。「幽霊の正体見たり、枯れ尾花」そのものだ。ガンに罹患することは、誰にでも起こりうるリスクとして多くの方は認識をしているのではないだろうか。たとえば、中間層といわれる世帯において、その家計の担い手がガンに罹患すれば、その世帯に破滅的な悪影響を及ぼすこととなる。こんなこともわからずに、目先のことだけに焦点をあてて、改革だと法改正を急かせる与党は何を見ているのだろう。 今の日本の現状を見ると、働いている人は社会保険を否応なしに払っている。一方、生活保護の人は上限なしの医療費免除となっている。とてもじゃないけれども、バランスを欠いている。フリーライドの最たるものかもしれない。なぜ、働いて頑張っている人達が治療に躊躇するような仕組みとなっていくのだろう。かたや、生活保護の方の方が高額の最新医療を使えるというふうにもいわれている。 また、病気を持っている外国(特にC国)の方が生活保護と医療費免除を目的として、来日している現状もある。まずは、この状況を失くしていかなければな...

こんな人とはお近づきにはなりたくない

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 ようやく少しは気温も穏やかになったように感じる。吹く風も、和らいできていて、冷たいと感じることは無くなった。このまま、春の暖かさになだれ込んでくれるとありがたいものだ。長かった、寒い季節ともようやくおさらばの時期が来たようだ。 たった一本の電話で、2,100食もの赤飯を捨てたということが、3月11日の福島県いわき市であったそうだ。電話は「震災の日に赤飯はおかしい」というものであり、卒業生には赤飯ではなく、非常食の缶詰パンが配られたそうだ。 卒業式の当日の午前中に電話がはいって、教育委員会が赤飯の提供を中止することを判断したそうだ。そして、既に調理済みの約2,100食の赤飯は廃棄されたそうだ。東日本大震災から15年経った現在、なぜたった一本の電話で、食べられる食材を廃棄するという判断がなされているのかということに、なんともいたたまれない気持ちになる。 教育委員会は、電話からの指摘で、すぐさまに赤飯の提供中止を決定したのだろう。これは、おそらくは”事なかれ主義”の最たるものではないだろうか。ここで、赤飯を提供するとまたぞろの批判が集まることとなる。それならば、その批判の元となる赤飯の提供を中止にすれば、自分たちが批判されることはないと、安直に考えたのではないだろうか。 たった一本の電話の主が誰なのかはわからない。ひょっとすると、地域の有力者で忖度をしたのだろうか。しかし、この一本の電話が約2,100人分の卒業祝いを無駄にしたという事実は消えないのだ。電話の主は表面的な赤飯提供中止を決定させ、自分は正しいことをしたと思って満足していることだろう。 しかs、震災を経験したことがあるヒトなら、震災当時(東日本大震災も、阪神淡路大震災でも、能登地震のときでも)食料がいかに不足していたのかを覚えているのだろうか。水や一つの握りが、どれだけありがたかったのかを。そんな状況を経験してきたはずなのに、約2,100人分もの食材を無駄にすることには、全く思いをはせないヒトの電話で、卒業を祝うはずの赤飯が、当日の朝に破棄されて、かわりに缶詰めパンとは・・・ どこの世界にも、人のすることにイチャモンをつける人は必ずいる。物事には色々な面があるので、ある側面から見ると正しいことも、違った側面から見るとおかしなことではないかと見えるものである。そこで、それをすることについてのメッセージを...