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世界むかし話 するする爺さん

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 昨日の悪天候とは、うって変わって春らしい良い天気になった。昨日は、風が強くて歩くのも大変だった。こういうのを春の嵐とでもいうのかな。けれども、今日は本当に穏やかな日となった。少し肌寒いのが、見た目と違うので違和感があるけどね。 論語、論語、野合ぅ・・・あっ、言い間違えた。 Long Long Ago  そう、むかし、むかし、あるところに、虎やん爺さんが住んでいました。虎やん爺さんは、仕事で旅籠を経営していました。もともと、虎やん爺さんは強欲で、傲慢な人だといわれていました。誰に対してでも歯に衣着せぬ物言いをしており、ある一部の人には忖度をしない、自分に素直な人だと言われたりもしていました。しかし、多くの人からは胡散臭く見られがちでした。そのため、何回かは経営する旅籠を潰してしまい、そのたびに借金棒引きにしてもらいながら、再起をはかってきました。 そんな、虎やん爺さんも年を取り、旅籠の経営は子供たちにまかせ、ご自身は名誉と権力の塊のように、村の長になりましたとさ。 村の長となっても、放言と強欲さは一切変わりません。というか、隣の大きな村のプーやん仁さんと親交を深めて、益々その傾向は強くなりましとさ。そう、”自分のモノは自分のモノ、他人の物も自分のモノ”にするのが常となんたんだとさ。 そして、ついには南にあるベネ村の長をだまし討ちのようにひっ捕らえて、自分の村の牢屋に監禁してしまったんだそうじゃ。そして、次はQの村じゃと言い出したそうな。しかし、Qの村には襲撃をすることなく、替わりにイライラ村を突然襲撃して村の長を殺してしもうたそうな。イライラ村は、怒り心頭となり徹底抗戦を叫んではいるけれども、いかんせん経済的に困窮しておったので徐々に襲撃には耐え切れなくなっていったそうな。そこで、イライラ村は街道に関所を置いて、許可のない村の人は通れなくしてしもうたんじゃ。 虎やん爺さんはこれに対抗して、村の襲撃隊を街道に派遣してイライラ村からは出れないように逆封鎖を仕掛けた。これでは、イライラ村はますます経済的に追い込まれることになり、渋々ながらも停戦に向けた協議をせざるを得なくなったそうな。 ここでも、虎やん爺さんは自分の望む答えをイライラ村が示さないと、大規模な攻撃をすると脅しかけた。虎やん爺さんが攻撃をすると経済的に混乱が生じると、人々は安全な資産の保有をいそいた。...

円安の流れに竿さしてみたものの

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 警報級の大雨が降ると、朝から予報が出ていた。午前中はそこそこの雨が降っていたけれども、昼前には雨雲が去っていったのか、すっかりと雨は上がり晴れ上がった。警報が出ることもなく、穏やかな日となった。この週末の天気は持ちそうだけれども、ゴールデンウィーク終盤はまた雨の予報だ。なんだか、梅雨の頃のようにも感じるなぁ。 昭和100年となる今年のゴールデンウィークは最長で12日となるそうだ。そんなに長い休暇が取れるのであれば、海外へ出国する人もさぞや多いことだろう。しかし、この海外旅行に向けて今や一番困ることになるのが、円安が止まらないことではないだろうか。 昨日まで159円後半にまで円安を進めており、ついには160円の壁を突破した。かつての円高は80円くらいまで言っていたように覚えている。ということは、いまや当時の倍ほどにまで海外の物価が高く感じることになる。 しかも、いまや海外ではインフレが進行しているので、日本人からしたら、ものすごく値段が上がっているという感覚になる。海外旅行においそれと行けない状況になりつつある。おまけに、原油価格の高騰で飛行機はサーチャージ量が一気に値上げをしている。飛行機での移動はサーチャージの値上げで、非常に高いものとなってしまった。2024年にせっかく一万円札が新しくなったのに、以前の福沢諭吉さんの半分以下の価値にしか感じられなくなった。(渋沢栄一さんの呪いなのか??)これでは、海外旅行は夢のまた夢になっている。もっとも、海外の人が日本に来ると、こんなに物価の安い国は他にはないと思えるのかもしれない。かつての、日本人が東南アジアを旅行するときの感覚なのだろう。(ウラヤマシイ・・・) そんな最中、今朝目が覚めると、”155円後半”にまで円が押し戻している。一気に5円も円高方向に振れれば、誰の目にも政府・日銀による介入があったことは明らかだ。財務省の人は、明確にはしないといっているけれども、そんなもん言わんでも、見りゃわかるわい。円高でも円安でも、どちらかの方向に向かう時に、一気に5円も動くなんていうことはないんじゃないかな。市場だけの動きなら、じわじわとどちらかに動き出して上げたり下げたりしながら、動いていくもんだと思うけどな。 しかし、160円で介入したという事は、日本政府もここを一つのラインとして認識していたのだろう。ちょうど、休暇...

ピッチが速すぎて迷惑?

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 きょうで4月も終わり、いよいよ明日からは5月である。このゴールデンウィークの前半は、曇り空が多いという天気予報通りになっている。今日は朝から、降ったりやんだりを繰り返しながらの小雨模様となっている。気温もさほど上がらない一日だった。 先日、4月度3回目の卓球教室に行ってきた。ゴールデンウィークに入る前の教室である。今回は、次の教室までが4月度にカウントされている。ちょうどこれで、4月度は4回開催されることになる。そんな、3回目の卓球教室である今日の参加者は、このクラスのメンバーが5名と振替教室の人が1名の、合計で6名となった。 近頃は、この人数で推移しているな。まずは、コーチとのマンツーマンによる指導が2組と、生徒同士での練習が2組という組合早生になる。今日のくじ引きでは、最初にコーチとのマンツーマン練習を引き当てた。コーチとのマンツーマンでは、定番のバックのクロス、バックのストレート、フォアとバックの切り返し、フォアからバックの切り返しプラスフォアでの強打、そしてスマッシュと続いて、最後に下回転のドライブ打ちであった。最初にコーチとマンツーマンをする時は、ウォーミングアップもままならないので、なかなかうまく動けていないように感じる。 近頃は、卓球教室に来る時に課題を決めて、そこを集中的に練習するようにしている。σ(-"-) は、早い球で回転がかかっていると、ラリーを続けることが苦手だ。相手は、特に意識することなく、ラケットが柄の方から出たりする癖があると、シュート回転してσ(-"-) の身体に食い込んでくるような球筋になる。この場合に、最後までボールを見ていないために、想定より食い込んでくる球が親指に当たることになる。また、相手の人が引っ掛けるようなタイミングで打つと、極端に球の右側を擦るので、カーブドライブとなり、想定以上に曲がっているので空振りをすることにもなる。 一方、相手が意識的に球を曲げるようにラケット操作しているのは、なんとか見極めることができる、ラケットの動きから球の曲がりを想定して打ち返せるようにはなってきた。けれども、その人の癖であるとか、ラケット面の出し方の遅れとかによる回転の掛かった球は、ついつい見逃しやすく、まっすぐと思ってしまうために指で打ったり、ラケットが届かなかったりしている。また、球が緩くてゆったりと落ちてくる...

少子高齢化

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 今日は、昭和の日である。換算すると、昭和100年となる。春の天気は循環していくのが典型的なので、今日も下り坂に向かって曇り空が広がっている。気温もそんなに上がっておらず、昨日の夏日の暖かさからすると随分と肌寒い感じがしてくる。近頃は、寒暖差が大きくなっているような気がしないでもない。 ”少子高齢化”という言葉がある。今の日本においては、とても便利な言葉なようだ。もう、30年以上前から使われていると思う。σ(-"-) が職業人生を送っている真っただ中の頃から、使われている言葉だ。そして、なにか不都合があると”少子高齢化”が問題だとマスコミは煽ってくる。マスコミにとっては、万能薬のようなお言葉の一つなんだろう。 そういえば、他人の褌で相撲を取っているような、連合とか労働組合の人たちも、何かあると”少子高齢化”という言葉を口にする。そして、彼らの文章の中には”少子高齢化”という言葉が散りばめられている。連合の政策を語っている文章にも、”少子高齢化”という文言はたくさん出てくる。まるで、定型句のようでもある。そして、連合が多用するから、その傘下の労働組合達も何の疑いもなく”少子高齢化”という言葉を多用している。 σ(-"-) は、当時から不思議に思っているのだけれども、日本経済の問題点は”少子高齢化”の一言で済ませられるほど、単純なものでもないだろうという事だ。そして、高齢化が本当に問題点だったり、日本の社会における忌み嫌われるほどのモノなんだろうか、ということである。 古代より、あらゆる国の統治者や権威のある人たちの多くは、不老不死を追い求めてきた歴史があるように感じている。世界的にもピラミッド文化を形成していたエジプト文明、そして揚子江やら黄河を擁していた中国文明も、当時の権力者やその皇后を含めた取り巻き達も不老不死を希求していたのだと思っている。日本でいえば、卑弥呼であったり当時の権力者たち、その後の平安時代の貴族に至っても、不老不死を欲していたはずだ。 かつて、日本では人生50年と言われていた。それが、戦後、寿命が短期間で急速に伸びてきた。50年のはずが60年となり、昭和の終盤には80年を越えるようになっている。いまや、なんなら100年ということも視野に入ってきているのだと思う。 とすれば、古代から人間が追い求めてきた不老不死に近づいてきており...

長期の視点で短期を語る評論家

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 岩手の山火事はまだ鎮火の兆しもなく、依然として燃えているようだ。先日は雨が降ったそうだけれども、1ミリ程度の雨だったので鎮火には至らなかったようだ。もう、これで一週間以上も山火事が続いていることになる。消化してもじきに火の勢いが盛り返しつつ、民家にも近づいている。もう、町内の3割の人に対して避難勧告が出ている。それでも、ようやく本格的な雨が降りそうな状況になって来たらしい。これで、無事に鎮火することを祈っています。 昨日は、トランプ大統領のホワイトハウス記者会との夕食会のホテルに、侵入者が入り込んで銃撃があった。その場で、銃撃者は逮捕されたということで、それ以上の惨劇にはならずに済んだようだ。トランプ大統領は、今回も命を狙われながらも、無事に何事もなく終わらせることができたようだ。選挙期間中は、弾が耳を掠ったようだったけれども、一つ間違えば命を落とすところであった。今回は、その前に犯人を逮捕したそうなので、良かったといえばよかった。 イランとの戦いにおいて、アメリカ国内にもいろいろな意見を持った人がいるので、今後もこういう事件は発生する可能性は否めない。σ(-"-) 的によく分からないことは、多くの国がイランという国をテロ支援国家として認定しているのに、今回はなぜかアメリカへの賛同が得られないことだ。たしかに、アメリカンのやり方は力に頼ったものであり、国際法上も許されないものだと思う。しかし、テロ支援国家が核兵器を持つことは、世界にテロの脅威が広がることにもつながる。日本でいえば、北朝鮮がさらに軍事的に強化を図ることになるのだろう。 そうすると、日本の安全は風前のともしびとなってしまう。拉致被害ですら、なんらの進展がないままに有耶無耶にされている。そんな国が、イランから更なる武器を調達しやすくなると、日本海を挟んでの緊張はますます高まってしまう。中国やロシアは、これを良しとしながら更なる圧力をかけてくるだろう。なんなら、尖閣列島や沖縄までも自国のモノとして領土化を推し進めようとするかもしれない。おまけに、韓国もその隙をねらって竹島の実効支配に出るやもしれない。 いまここで、イランの核開発を押しとどめないと、世界的な脅威が拡散するというのに、マスコミは人道だとか法違反を言い募り、アメリカがいかにも負けるようなことを報道している。おそらく、短期的にはアメリカ...

エッセンシャルワーカー、って何なん

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 朝方はまだぐずついていた天気も、午前中にはすっかりと青空が広がり、気持ちの良い春の陽射しが差し込む日となった。おかげで、気温もぐんぐんとあがっていき、初夏の様相である。そろそろ、クールビズの季節になる。ついこの間までは、寒い寒いと言っていたのに、クールビズに衣替えとなるとは、時の過ぎるのは早いなぁ。 久々に「エッセンシャルワーカー」という言葉を聞いた。コロナ禍の時辺りから、急に使われだした言葉だと思っている。それが、近頃のイスラエルとアメリカによるイランへの侵攻によるオイルショックにかこつけて、またぞろ顔を出し始めたようだ。なんだか、進歩系を気取っている方々が良く使う、横文字系のいかにもな言葉だ。その証左に、労働組合の集まりである連合系の文章には、当時、幾度となくこの言葉が並んでいたものだ。とにかく、連合の人たちって、進歩的であるとか自分たちが誰よりも先進的で物事を良く知っているといいたい層の人たちの集まりなのだろう。とにかく、コロナ禍のころにはあらゆる文章に”エッセンシャルワーカー”の文字があふれかえっていた。あたかも、自分たちは選民であるかのような誤解を与えることも厭わないようだった。 あの当時は、人が面と向かって接することが推奨されていない、とにかく人ごみを避けるような風潮だった。その中で、市役所などに集う働く人の組合が好んで「エッセンシャルワーカー」という言葉を使っていた。役所の窓口は必要にして欠かせざるお仕事で、その窓口業務は無くてはならない職場だとアピールができる。いかにも、左巻きの方々が好みそうな都合の良い言葉なんだろう。 しかし、σ(-"-) は時々思うんだけれども、必要不可欠でない”仕事”ってないだろう。この世で営まれる仕事は、どんなものも必要不可欠なのだ。それを、ことさら、自分たちの優位性を示すかのように、エッセンシャルだなんて横文字を使いながら、職業差別的なことを平然とやってのけているのではないかと思っている。 その風潮にのっかって、似非経営者とか、無能な経営患部と言われる人々までもが、「エッセンシャルワーカー・・・」と言い出してきた。エッセンシャルでない仕事なんてないという事すらわかっていらっしゃらない。あなた方経営患部が言っているお仕事をエッセンシャルワークだとでも思っていらっしゃるのかい。そのどうでもよい、会議のためのしごとや...

何度目かのオイルショック

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 曇り空気味だったけれども、雨は降らないと思ってウォーキングに出ていった。なんと、予想は見事に外れて、歩いている最中に雨に見舞われてしまった。天気予報では、雨とは言っていなかったと思ったんだけれども、どうも予測が甘かったようだ。おかげで、傘も持っていなかったので、すっかりと濡れてしまった。 アメリカとイランの協議は、どのように進むのかが不透明のまま、時間だけが過ぎている。イランの外相がパキスタンと会談をしたそうだけれども、革命防衛隊はそれを良しとしているのだろうか。そして、アメリカは政府代表者をパキスタンに送ることを中止したとなっている。 ますます、アメリカとイランの交渉の行方は混とんとして来ている。それにもかかわらず、原油価格は徐々に下がっているようだ。それにもまして、株価は上昇の気配を示している。日経平均株価は史上最高値の60,000円を目指している。なんだか、楽観論の中で動いているようにも見える。このまま、アメリカとイランの停戦が実現して、何回目かのオイルショックが終焉すると、万々歳となるんだけどね。 そういえば、σ(-"-) が中学生の頃、そう遠い昔の話だけれども、第一次オイルショックが日本を襲い、トイレットペーパーがなくなるという騒動が実際に起こった。その後、オイルショックの緩和に向けて、日本政府は国民に節約を求めたものだった。 子供の頃だったので、記憶が不鮮明だけれども、まずはテレビの深夜放送が自粛された。そして、ガソリンスタンドは日曜日や祝日は営業を休むようになったはずだ。街の中のネオンも電気を落として、華やかな街から光を失ったような静かな街に変わった。それまでは、”大きいことはいいことだ”と信じて、大量生産大量消費の時代だった。それが、オイルショックによって目を覚まされた日本人は、エコに目覚める転換点となったのだ。 便利な生活を追い求めていた日々が、少しは我慢するような生活へと変わった。節約やら、エコという言葉が人々の口の端にのぼりだした。それが、2年もすると徐々に生活は便利さを追い求める日々となっていったことを覚えている。あれから半世紀経った今、日常の生活を見回してみると、かつて以上に便利さを追い求める生活に慣れてしまって、バブル景気やら円高不況といった波をもろにかぶった。 当時にはなかったコンビニエンスストアが街のいたるところにできてお...