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絵馬に託すメッセージ

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 今週は、もうゴールデンウィークに近いころの温かさにまで気温が上昇していくのだそうだ。こりゃ、桜も目覚めを早くして、3月中に盛りを終えてしまうかもしれないな。それはそれで、季節感がなくなって、ちょっと興ざめの部分があるというものだ。やはり、その季節なりの気温というのが、一番落ち着くんだよなぁ。 2月も終盤に近付いている。いろいろな所で、そろそろ今年度の最終仕上げに向けた行事やら仕事やら作業に取り掛かるころだと思う。そんな中、一言メッセージの作成をするように言われた。この一年間を振り返っての、仕上げとしてメッセージを展示するらしい。はがき大の用紙に、それぞれで思い思いのメッセージをかいて持ち寄るということだ。 まぁ、メンバーの方々が何かを表現するよりもメッセージが良いという事だから仕方がない。そもそも、歌とか寸劇とかの表現をするとなると、そのための練習をする必要が出てくる。それよりも、メッセージで済ませる方がお手軽と言えば、お手軽だ。 しかし、どういうメッセージを書くのかということが、大きな問題だ。ただ、文字だけでは味気ない。かといって、σ(-"-) には絵心があるわけではない。イラストやらデザインを凝ることは不可能と言っても良い。そこで、全体的な構図から考えてみた。なんとしっても、文字だけで済ませるのではなく、図形やらイラストを配置しながら、バランスよいものにしたい。そうなると、モノクロではなくてカラー仕立てにした方が良さそうだ。そして、なによりも見やすさとか、作りやすさ、失敗をしないためにもパソコンで作成する方が良さそうに思えてきた。なんだか、仕事でプレゼンを作るみたいな感じになって来たな。こういう作業って、もうトントしていないような気がする。 まぁ、今年は”午年”だし、背景というか全体的な構図としては絵馬にすることにしよう。そこに、メッセージをワードで放り込んで一丁上がりとしよう。と、ここでワードの使い方を色々と調べないといけないことに思いが馳せた。なにしろ、σ(-"-) のワードはMS WORD ではないのだ。PCのおまけの無料でついてきているWPS WORDとかいうものだ。非常によく似た作りではあるが、微妙に違うところも散見される。これまで、会社ではMS WORDを常用してきたから、戸惑いながらの作業となる。 まぁ、こうやって普段しないよ...

卓球 力まないで打つのは難しい

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 昨日の雨はすっかり上がったものの、今朝は曇り空が広がっている。それでも、気温は日中にかけてグングンと上がっていくようだ。そういえば、2月もそろそろ終わりに近づいている。そりゃ、徐々に暖かくなるのは道理だわな。あと1~2回は寒い日がるのだろうけれども、そろそろ春の足音が聞こえてきそうだ。 先日、2月度3回目の卓球教室の日がやって来た。週に1回の卓球のレッスンである。もう、2月も中旬なので、そろそろと最も寒い時期からは離れていっているみたいだ。おかげで、体育館に行くのも随分と楽になって来た。 いつも通りに体育館について、サーブの練習をしてから卓球教室が始まった。今日の参加者は10名と、普段では考えられないほどの大人数である。振替教室の方が3名で、いつものメンバーが7名である。そして、最初はフォアのウォーミングアップから始めていった。こちらも、くじで組み合わせを決めての練習である。 σ(-"-) 今の課題は、戻りを早くすること、サーブレシーブのツッツキの正確さを増すこと、フォアのループドライブを安定させること、バックのカットブロックの制度をあげること、浮いた球のスマッシュを確実にすること、巻き込みサーブでの下回転を安定させること、切り返しの時に慌てない事と上げていくとキリがない。 まずは、フォアの練習ではフォアのフォームをきちんと固めて、安定した打ち合いができるようにすることを課題を決めている。そのためにも、相手さんにはクロスにきちんと打ってもらえれば最高である。しかし、相手の技量をあまりにアテにすることはしないようにした。アテにするから、アテが外れた時に少し”イラっ”としてしまう。しかし、アテにしていなければ、そんなもんと受け流すこともできる。フォアのフォームが崩れないように、多少の荒れ球でも練習の一環として対処していくようにした。 今日の最初の相手さんは、新たに入った自己流の人なんだけれども、コーチから何か言われたのか、今日は不思議とクロスを中心に打ってきてくれる。おかげで、σ(-"-) フォームを確認しながら、フォア打ちに専念できる。とにかく、フォアのフォームの形を崩さずに練習出来ていけば、フォーム固めにもつながるので、ありがたいこっちゃ~ 続いて、コーチとフォア打ちをしてもらえた。なるべく、球と喧嘩しないようにラケット面を出しながら、きちんと...

日本昔話 サナエ婆さんの向日葵

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 天気予報通り、朝から本格的な雨が降っている。雨のせいなのか、気温は朝からあまり上がらないままだ。しかし、これだけの本格的な雨が久々に降っているという事は、ちまたの水不足の解消につながるに違いない。何事も、”過ぎたるは及ばざるが如し”で、乾燥し過ぎも良くない。大雪が積雪するのも良くない。ほどほどが一番だな。 論語、論語、顎ぅ・・・あっ、言い間違えた。 Long Long Ago そう、昔むかしのことです。  ある小さな島に、働き者のサナエ婆さんが住んでいました。サナエ婆さんはあまり人づきあいが得意ではありません。村人とお話をしたり、お茶をしたりする代わりに、一生懸命働いていました。 多くの村人がお茶を飲んでのんびりしている時にも、作物ができるように荒れ地を開墾していました。雨が降らないと、村人が嘆いている時には、一人、遠くにある川にまで行って水を運んできて、畑に水を撒いていました。 サナエ婆さんは、「働いて、働いて、働いて、働いて参ります」と休みも取らないで、日がな一日働きづめでした。 しかし、そんなサナエ婆さんのことを心よく思わない、欲深いお祖父さんたちも村にはいました。ヒョットコ顔の麻生のジィジや、人を後ろから切りつけることが好きな石破のジィジ、C国から命令をうけている岩屋のジィジたちです。 「なにをそんなに張り切っとるのじゃ。そのうちに化けの皮が剥がれるわい。」とジィジたちは、何か事があればサナエ婆さんの足を引っ張ってやろうと、虎視眈々と狙っていました。 不作で村が困っている時に、サナエ婆さんが朝から身を粉にして開墾した畑の作物やら、遠い遠い川から運んできた水をみんなに分け与えたので、村は不作を乗り越えて、いつも以上の作物を収穫することができたそうな。 それでも、サナエ婆さんは、C国がこの村にも責めてくるかもしれないと、心配して用心を怠りませんでした。 しかし、村人たちは誰もサナエ婆さんの言う事を本気にはしません。とくに、強欲ジィジたちが、サナエ婆さんの足を引っ張りながら、宴会を開いては村人たちを呼び出していました。村人たちは、麻生のジィジや石破のジィジや岩屋のジィジの酒やら豊富な食べ物を楽しんで、すっかり平和ボケしていったのです。 それでも、サナエ婆さんは一人で砦をコツコツと立てていきました。C国が容易にこの村に入れないように、たくさんの砦を一人で設...

こんな人とは付き合わないことです

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 今日も、季節外れに暖かくなっている。こうも暖かくなってくると、天気は下り坂に向かう事だろう。雨が降れば、渇水で水不足の地域も一息をつけることだろう。野菜の生育にも、プラスに働くことになるだろう。雨降りは嫌だとかは言ってられないな。 三島由紀夫が言ったことなのだそうだけれども、「その人の本質を知りたければ、食事に誘いなさい。食事中は演技を続けることができないものですから。」という言葉があるそうだ。 食事に誘うという事は、なかなかむつかしいものがある。仲間内であれば、食事に行くこともやぶさかではないけれども、あまりよく知らない人と食事に行くのは苦痛である。その食事中に何を話せばよいのか、戸惑ってしまう。気まずい雰囲気になれば、食事そのものが不味くなってしまう。そんなこともあり、現役時代も気心の知れた仲間との食事は結構したけれども、あまり知らないヒトとの食事は気が重たかった。 もっとも、σ(-"-) 少し人見知りなところもあるのが、その原因なのかもしれない。しかし、食事中には演技を続けることができないので、その人の本質が現れ出るというのは、確かにそうなのだと思う。 三島由紀夫が言うところによると、食事中に音を立てて物を食べる人は、食べている音をその人は聞こえているけれども、それが他人にどう聞こえているのかが想像できないヒトなんだそうだ。すなわち、自分を外から客観的に見つめることができないヒトなのだそうだ。 次々に、食べ物を口にほおばって食べる人は、モノの順番をわきまえることができていないそうだ。一口食べて、咀嚼をして、飲み込む。そして、次に一口に口に入れるという順番がある。しかし、その順番を守ることなく、ドンドンと口の中に放り込んでいく。すなわち、モノの順序という事が理解できないヒトなのだそうだ。 大皿で出された料理を、後先考えずに自分に取り分ける人。あるいは、自分の前に引き寄せてしまう人。これは、周りへの気配りや配慮ができていないヒトなんだそうだ。自分だけが良ければよい、他人のことを気遣う事が出来ないというのがその人の本質なんだそうだ。 料理をたくさん取ってきて、結局食べきれずに残してしまう人。自分でやりたいことと自分が出来ることが分かっていないヒトなんだそうだ。目の前にある仕事でも、なんにでも取り組むけれども、結局は何も成し遂げられない。ご自身の能力を買い...

自屎臭きことを覚えず

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 3連休の最終日、20度越えの日中となっている所が多い。東京では2年ぶりに”春一番”が吹いたそうだ。♪♪♪ もうすぐ春ですね 彼を誘ってみませんか 泣いてばかりいたって しあわせは来ないから おもいコート脱いで でかけませんか もうすぐ春ですね 恋をしてみませんか ♪♪♪ 昨日は、東京スカイツリーのエレベーターで故障があり、深夜までエレベーター内に取り残されたい人がいたようだ。怪我がなかったことが幸いだけれども、楽しい思い出がつらい思い出になってしまったことだろう。お見舞い申し上げたい。 禅の言葉で「自屎臭きことを覚えず」という言葉がある。あるブログで教えてもらったお言葉である。自分の出した大便のニオイは、他人が出した便のように臭いとは思っていない。自分の出した大便も、臭いという現実に、自分だけが気づけていないという事だ。 つまりは、他人がする行為やい発言には敏感に反応して嫌がるけれども、自分が行っている態度の悪さに一切気づかないという事である。または、自分の発言には細心の注意も払わず、他人の発言には厳しくチェックをしている傾向が強いという事への反省をしなければという戒めの言葉である。 禅のことばというのは、端的に人間の行動の本質を看破しているものだ。 そう、人間は自分自身のことを客観的にみられない人が、この社会にはたくさんいてはります。そして、その人たちは、自分がしていることについて反省をすることもなく、他人の欠点ばかりを言い積もります。その結果、その人の周りからは人々が離れていくこととなるのです。なにしろ、そういう人たちは、自分のニオイに鈍感ですから何をしても臭くなってしまい、徐々に徐々に孤立をすることとなります。さらに、自分が孤立することになればなるほど、さらに他人の行動や性格などに敏感になり怒るという悪循環に陥ることもでてきます。 そんなときは、一旦、立ち止まり、それまでの行動やら考え方を深く振り返り、客観的に自己習性をする行為が必要になります。 トイレに個室に入った時に、前の人の便のニオイに腹が立った場合には、自分が出た後も同様に非常に臭いであろうということを思い出した方が良いかもしれません。 ただただ、怒りに任せた行動をとるよりも、”お互い様”とか”相手を思いやる心遣い”を持てば、日々の生活から怒りという感情が消えて、好循環な人生への道が開けるの...

日本昔話 (デマ太郎さんにもう出番はないのよ の巻き)

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 いやぁ、天気予報通りに暖かな日中となった。おそらく、20度を超えているんだろう。いつもの通りに、コートを着てウォーキングに出かけたけれども、暑すぎてコートを抱えて歩くことになった。それでも、結構汗ばむ。う~~ん、このまま春になってくれるとありがたいんだけれども、また寒さがぶり返すこともあるんだろう。 デマ太郎河野太郎が「みんなヒマか。Xなんかしとらんで、勉強せえよ」と”X”に投稿したそうな。”X”でブロックしまくって、誰も相手にしてくれなくなったのが寂しくなったのか、独り言をつぶやいているようだ。かつては、”突破力”があるとか、物言う議員とかもてはやされていたけれども、それも昔のこと。いまや、デマ太郎の嫌われ太郎で、なんとか忘れられないように話題作りに勤しんでいることなんだろう。 論語、論語、顎ぅ・・・あっ、言い間違えた。 Long Long Ago そう、昔むかしのことです。 ある小さな島に、鬼さんが住んでいました。 その島の鬼さんたちは、赤鬼やら、青鬼やら、たくさんの色の鬼さんがいましたとさ。 その鬼さんたちに囲まれて、”デマ太郎”鬼もいたそうな。デマ太郎鬼は目立つことが大好き。親分鬼さんには、後釜を譲ってもらいたくて口出しはしませんが、それ以外の鬼さんには傲岸な態度で接しています。 そして、デマ太郎鬼は記憶力が良いことが頭が良いことだと勘違いして、自分その島で一番頭が良いと自慢していました。後先考えずに、何にでもとにかく口出しをして、相手の上げ足取りやら、相手を貶めて満足していました。 だけれども、他の鬼たちに間違いを指摘されると、その鬼さんとは口をきかないようになるので、鬼さんのグループの中でも孤立をしていました。それでも、デマ太郎鬼は「俺の事が分からないのは、あいつらの頭が悪いからだ。」「親分風を吹かせてるだけの、何にもできない親分には早く引退して、その座をオイラに禅譲してもらいたいもんだ」と嘯いていました。 世間の悪評はなんのその、悪名は無名に勝るんだとばかりに、好き勝手に動いていましたとさ。 村の人たちのお宝をかっさらうために、デマ太郎鬼は村人たちを番号で管理を進めることに邁進しました。一握りのオニギリをちらつかせて、強引に番号を割り振っていきます。番号の重複やら、ミスがあっても何のその、とにかく番号を割り付けることだけに専念して、出来た、出...

シナリオありきの消費税減税論議

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 天気予報通りに、気温が上がっている。この3連休の前半は、季節外れの温かさとなるらしい。暖かい湿った風が入り込んでくるから、下り坂に向かうのかもしれない。雪崩やら、落雪の被害がないことを祈りたい。 消費税減税に向けて、国民会議を設置することとなっているらしい。しかし、そこに呼ばれているのは、国民民主党とチームみらいの会になっているらしい。中(華)道改革連合は声が得はあるようだけれども、参加に渋っているようでもある。そして、参政党には声掛けすら行っていないようである。このことに、参政党はいたくご立腹をしており、消費税減税そのものに反対の姿勢へと強硬姿勢を打ち出してもいるようだ。 自民党は、今回の選挙で三分の二を超える議席を超える大勝利をおさめ、いつもの傲慢な自民党の顔を復活させつつあるようだ。特に、参政党は自民党とかぶる政策が多いので、無党派層や保守層の受け皿として前回の参議院選挙まで躍進を続けていた。 自民党にとっては、目の上のたんこぶというか、目障りな存在ではあったのだろう。この際に、お灸をすえておこうという魂胆なのかもしれない。消費税の恒久減税を打ち出している参政党とはそもそも政策的にも合わないので、今回は意見を聞かないつもりで出席をさせないで会議の結論を取りまとめるつもりなのかもしれない。 国民会議とか、有識者会議とか、政府はアリバイ作りに会議をして、結論を持ってくる。しかし、それらの会議に出席しても、結論ありきの論議に終始しているとしか思えないことがある。それらの会議で、反対の意見を表明しても、「ご意見はお聞きします」が、「実はこのようなことがあり、そのご意見も既に検討したうえで提案」をしています。あるいは、「貴重なごいけんありがとうございます」しかし、「そのようなご意見も含めて、このような考えたかもありますが、そのご意見の問題点はこのようなところにあり、実施不可能かと存じます」と、出来ない理由を百出させながら、あらかじめ決められた結論にむけて会議を収束させていく。 有識者と言われる議長役の方も、事務方のシナリオに沿って会議をまとめることが求められており、シナリオ以外の方向にまとめるような人は議長にはなることもない。噛ませ犬的に異なった意見を述べさせ、活発に議論したかのように見えるけれども、おおむねシナリオに沿った結論に落ち着くのが政府の会議の流れで...