井の中の蛙大海を知らず
こちらの地方では、昨日今日と地蔵盆が行われている。子供たちにとって夏休み終盤のお楽しみイベントともいえる行事だ。近頃は、2学期の始業式が早まっているので、夏休み最後のイベントといってもよいのかもしれない。まだまだ残暑が厳しく、酷い暑さの中準備をされている大人の人たちにとっては、非常につらいものがあるのかもしれない。ニュータウンではこのようなイベントは姿を消しており、地蔵盆ができるのは昔ながらの地域限定になるのかもしれない。それでも、地域を守ってくれているお地蔵さんに感謝の気持ちを表すことは良いことだろう。感謝する気持ちを持つ、もしくは表すという、こういう風習はぜひ残していってもらいたいものだ。
近くのスーパーである西友はトライアルに買収されて、徐々にトライアル方式を取り入れだしている。その最たるものは、有人レジを普段は閉鎖してセルフレジに集約していること、お値段は〇〇9円と最後を9円にしていることだろうか。競合しているMandaiはお値段は〇〇8円と従来のスーパーマーケットの常識のような値段をつけている。そのため、西友はいつも1円高いということになる。
たかが1円ではあるけれども、ちりも積もれば山となるである。毎日のことだけに、1円といえども年金生活者には敷居が高くなっている。この値段設定は、かつてのダイエーと同じである。ダイエーは末尾が9円ということが多かった。競合他社は末尾が8円であり、常に1円の差があった。中内ダイエー社長は、「品数をより多く売れば、競合他社よりも1円×品数分だけの利益を積み重ねることができるんだ」、と強気に語っていた。そんなダイエーも栄枯盛衰の理のごとく、今や関西圏にその名を残すのみだと思う。
西友・トライアルの価格政策の根幹がどこにあるのかは知らないけれども、競合より1円高いということはどうなんだろう。特に、西友時代は他店よりも高ければ競合他店と同じ値段にするとか対応していた時代からは隔世の感がある。競合していないのであれば、孤高の価格政策もありなのだろうけれども、少しでも安いものを探しているこの地域の顧客相手では苦戦するのは仕方ないことだろう。
そして、もう一つレジの問題である。有人レジをいつもは閉鎖して、セルフレジ以外は稼働させていない。そのため、お年寄りの多くは慣れない手つきでバーコードをスキャンしながらレジ業務を強いられている。また、苦戦しまくっている老人には、セルフレジ周りで待機している従業員が付き添いで教えながらセルフレジを打たせている。
それが、どんな拍子なのかは分からないけれども、たまに有人レジが開いていることもある。その有人レジに近づかないと、閉められているのか、開いているのかはわからない仕組みで、たまたま有人レジにあたればラッキーという感覚みたいだ。
スーパーなどの対人サービス業で、避けるべきことは顧客サービスの不平等を起こさないことだと思う。‘‘たまたま私はラッキーでした’’はその人にとっては良いサービスと感じるかもしれないけれども、その他の多くの顧客にとっては不公平感を募らせる結果となるのではないだろうか。
一番良い方法は、常にそこで同じサービスがあるという状態をキープし続けるということだと思う。例えば、休日は毎週〇曜日と決めれば定休日として定着できる。それを、〇曜日なんだけれども今週はやっている、開いていると思って行ってみるとたまには〇曜日だから休んでいるではよいサービスとは言えないのではないだろうか。定休日にするなら定休日を守る、無休体制にするのであれば無休を貫く。このほうが、顧客側としてはわかりやすく、利用するのも計画的にできるようになる。同じように、レジもセルフレジにするのであれば、セルフレジを貫いていく覚悟が必要なんだと思う。このあたりが、西友・トライアルが中途半端で今一つこの地域で人気が出ないのだろう。
何事も、中途半端な対応がその店の魅力を半分以下に下げるのではないだろうか。ディスカウンターを名乗っても安くない、サービスはスーパーマーケット以下となっているように見える。現場に足を運ばないトップが、現場を混乱させている可能性が大きいのではないかとみている。井の中の蛙にならずに、競合との差を真摯に分析して対処しないと、業界大手ともて囃されていても、あっという間に盛者必衰の理のごとくになっていってしまうのではないだろうかと、他人事ながら心配をしてしまう。





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