集団指導の弱点が世界を混乱させている

 岩手県では、山火事が発生して多くの木々を焼失している。民家も燃え上がっており、多くの方々が避難を余儀なくされている。避難や被災されている方々に、心よりお見舞い申し上げます。雨でも降ってくれれば、山火事も鎮火するだろうに、一向に雨の気配はなさそうだ。一方、コチラの地方では朝から雨模様となっている。昨日までとは一転して、気温が全く上がらない。ここしばらくは、結構気温が上がっていたので、余計に肌寒く感じる一日となった。



アメリカとイランの対面協議が、一旦白紙となった。そして、トランプ閣下は再び停戦期間の延長を表明した。その一方で、イランは「イランからは停戦を要請していない」と強硬な口調で反論し、アメリカが勝手に停戦期間を延長したと主張している。

どうも、どちらの主張が正しいのかよく分からない。交渉の場において、それぞれの立場に立って考えると、それぞれの言い分があるのだろう、ということは容易に想定できる。しかし、日本のマスコミ報道では、アメリカが行き詰っており迷走をしているといったような論調の報道が多い。それらは得てして、急に湧いて出たような、イランの情報通とやらの評論家が発していることが多い。


いつも思うのだけれども、この情報通とかいわれる人たちの情報って、自分の見立てを希望的観測の中で述べられているのが常である。それこそ、”講釈師見てきたような嘘を言い”を地でいっているような御仁も見受けられる。あたかも、当事者が言ったかのようなことを、事細かに解説していることもある。σ(-"-) 時々「見て来たんかい」と突っ込んでしまうほどの、詳細なる情報を与えてくれている。しかし、そのほとんど多くが、眉唾ものであったと判明することが多い。

σ(-"-) も職業人生の中で、色々な交渉の場に臨まなければならないこともあった。その時に一番困るのは、交渉相手に決定権がない場合だった。いわゆる「子供のお使い」状態で、膠着状況を打開しようと、こちらからボールを投げても「持ち帰らせていただきます」ばかりで一向に交渉が進まないのである。交渉を始めるにあたって、交渉相手がその交渉事項について決定権を持っているのか、持っていないのかを確認することから始めたものだ。往々にしてあるのが、真の決定権を持っている人が交渉の場に出てこないで、交渉の場にいる人間はダミーである場合には、決定権を持った人が交渉の場に出てくるまでは、交渉を打ち切るより他が無かったものだ。


今回の交渉の経過だけを見ていくにつれ、イラン側には決定権がない人が交渉に出てきているようにも思える。ハメネイ師が亡くなり、その後のトップはモジタバ師が選出された。しかし、そのご本人が公の場には一切出てきていない。ご本人の声すらも表に出されることはない。ということは、ハメネイ氏が亡くなった時に、近くにいたであろうモジタバ師も重篤な状況に陥っているとみるのが妥当ではないだろうか。

トップのモジタバ師が重篤な状態であれば、彼はシンボルとしての立場でまつりあげられており、革命防衛隊による集団指導の様相となっているとみるのが自然なのだろう。こうなると、意思決定が行いにくい状態になっているとみるのが筋ではないだろうか。今回のアメリカとの交渉において、意思決定をする者はそれなりのリスクを背負わなければならない。しかし、集団指導という名の下では誰もそのリスクを負うだけの度量を持ち合わせていない。ひょっとすると、その後に意思決定の責任追及をされて粛清される可能性もなきにしもあらずだ。

今回の交渉のボールは今や、アメリカからイランに渡されており、どう打ち返すのかが問題なのだろう。①核兵器を今後持たない、②濃縮ウランをすべてアメリカのコントロール下に置く、③ホルムズ海峡の自由航行と、集団指導において意思決定をしようにも議論百出のモノばかりである。責任を取りたくない似非患部たちは、意思決定という重荷から目を背けているのではないだろうか。


それでも、いまや交渉のボールはイランに渡されている。イランは、いずれにしても何らかの回答をしなければならない。そのことを見越しての、アメリカの停戦期間延長なのではないだろうか。回答を用意できるのか、アメリカからの攻撃を座して待つのか・・・そして、ホルムズ海峡はイランも封鎖されているので、経済的にはジワジワと疲弊していくしかなくなる。”前門の虎、後門の狼”という、まさに崖っぷちにまで追い込まれているのではないだろうかと、かつての職業人生における交渉の場から、σ(-"-) は見立てている。

革命防衛隊の患部達も”責任は取りたくない、権限は行使したい”っていう、サラリーマン的な発想になっているんちゃうんかいな。リーダーとしてのつらさは、「泣いて馬謖を斬る」ことができるのかというところなんだろうな。誰もわかってくれないけれども、打開に向けた英断をすることができるのか。目先のことだけを考えると、とてもじゃないけれどもできない意思決定をすることが、大いなる未来を拓くはずなんだけどな。革命防衛隊は集団指導という隠れ蓑の中で、決定をすることができないまま、ずるずると世界中を混乱の極みに追い込んでしまっている。このことが、後々の大きな足枷になるなんて思いもよらないんだろうな。「わっかるかなぁ、わかんねぇ~だろうなぁ~。」

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