羹に懲りてあえ物を吹く
東北地方では、早くも夏休みが終わって2学期が始まったそうだ。こちらの地方でも来週には2学期が始まる。ウォーキングを日中にしてみると、日中の日陰も随分と長くなっていることに気が付いた。日陰を選んで歩くことができるので、ピークの暑さのころよりも結構歩きやすくなっていることに気づいた。
高市総理は公約に非常にコダワリがあったように思える。物価高対策としての消費税減税については、「公約だから」の一言で‘‘国民会議’’からの両論併記の結論をいともあっさりと閣議決定された。さすがは、高市総理だ、やる時きゃやるという印象付けをおこなうことに成功した。決断力のある人素晴らしい人物ともいえる。しかし、その口先も乾かぬうちに終戦の日がやってきた。当然、靖国参拝をことあるごとに口外してきた人なのだから、靖国参拝をするものだと思っていた。
ところが、終戦の日の当日には、高市総理は靖国神社への参拝を行わなかった。あれほどにまで、「私は総理大臣になっても終戦の日には靖国神社に参拝します。」と公言していたのに・・・
もっとも、台湾有事について、かつて立件民主党の岡田元議員から執拗に答弁に食い下がられた台湾有事について、ついついブチ切れてしまい口を滑らせてしまい、中国ににらまれてしまった。自分で蒔いた種なので、修復に向けて努力をしているところなんだとは思う。この状況下で、靖国参拝をしたとしたら、高市総理の在任時は中国との関係を修復することは不可能になることだろう。それでも、もう戦後81年となるのに、いまだに当時の方々の「靖国で会おう。靖国で待っています。」という約束を果たせないのはいかがなものなのか。そして、ようやく総理として日本を守った兵隊たちとの約束がようやく果たせると思っていたら、このザマだ。
終戦の日の当時になって、総裁選挙の時に明言していた、「靖国参拝」を‘‘遥拝’’というなんともグレーな対応でお茶を濁したことになる。この人は、できもしないことを、あたかも実施するようにいうという癖がありそうだ。いつも、計算高く自分を大きく見せるための演出をしているにちがいない。白々しい作り笑顔を張り付けて、鵜の目鷹の目で周囲の雰囲気だけを読んで計算していることが見えてくる。
世界に目を向けても、各国で戦没者は手厚く祀られている。戦没者に慰霊の誠の尽くし方は、その国の文化によって執り行われているはずだ。K国とかC国がことさら‘‘A級戦犯’’と批判してい来るけれども、これは東京裁判という戦勝国が事後法で一方的に裁いたことであり、当時でもインドのパール判事は全員無罪を主張していた。(もっとも多勢に無勢で主張は通らなかった。)戦没者への慰霊は、日本の国としての戦没者への向き合うことであり、内政のことであり、外国からの内政干渉は許されないのだと思っている。
台湾有事の件で、C国のトラの尻尾を踏んでしまった高市総理は、「羹に懲りてあえ物を吹く」ことをしたのだろう。これでは、いくら勇ましいことを言っても結局は国会の中のことだけ。圧力の強い国のご機嫌は伺うけれども、国内の弱い者には高圧的な態度を示す、内弁慶にしか過ぎないことが暴露されたも同然。もう、信頼感なんてないね。しかも、鈴木幹事長が代理として、首相が「自民党総裁」として私費で玉串料を収めたらしい。これでは、次の内閣人事においても、麻生派に大きな借りを作り、今後とも頭が上がらないことになってしまったことだろう。
こんなことで、スパイ天国と言われているこの国に「スパイ防止法」なんて法制化できるのかな?外国人が日本国内の土地を買っていたり、防衛関係の機材やら、日本の商標権やら特定のブランド農産物を保護することなども対応できるのかしら?なんだか、自分を大きく見せるためだけの張り子の虎のような‘‘高市総理’’と自分の利権だけの‘‘日本維新の会’’で、この国の方向性が間違っていきそうで怖いや。
高市総理に聞きたいことがある。それは、‘‘こうやく’’ってなんやということなんだ。あなたのが口にしている「こうやく」は公約なんかいな、それとも二股‘‘膏薬‘‘なんかいな。なんだか、「二股にかけた公約」であって、どちらにでも解釈できるんですなんて言うのはあきまへんで。






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