卓球 ‘‘弾く’’感覚について
今日も午前中にウォーキングしたけれども、少し風は爽やかでいつもよりかは暑さはしのぎやすかった。ふっと見上げると深い青色の空が広がっており、いつもの入道雲は見られなかった。なんだか、季節はそろそろと秋に向けての準備をしているかのような雰囲気を漂わせていた。多分、この後にまたまた厳しい残暑が舞い戻ってくるんだろけど、つかの間の過ごしやすい日になってくれたらありがたいこっちゃ~。
先日、8月度1回目の卓球教室に行ってきた。今月はお盆休みもあり、3回しか卓球教室は開かれない。夏休みのようなもので、夏の暑い期間は当分の間お休みということになりそうだ。あまり長い間お休みになると、感覚が薄れそうなきがしてしまう。
さて、先日卓球において、‘‘弾く’’という感覚が分からないと書いた。この‘‘弾く’’という感覚を何とか身につけたいと思っている。先日の、ツッツキの新しい型の打ち方に必要だし、ミート打ちとか、ブロックのプッシュとかにも、‘‘弾く’’とか‘‘弾け’’と言われるけれども、どうすればよいのかよくわからないのだ。
手を払うような所作でもなさそうだし、どうもこの‘‘弾く’’という感覚がわからない。σ(-"-) のわかる範囲で‘‘弾く’’ということを表現するとなると、‘‘デコピン’’をするときに指を弾くということがある。指先に力をためて、瞬間的に力を開放するような動作だと思う。指先ならわかるけれども、これを手首で再現するのはどうも理解できない。というのも、手首に力をためて瞬間的に開放すると、ラケットの面は大きく変化してしまうことになる。ということは、向かってくるボールに最初はあっていた面の角度も(弾くことによって)大きく上方向もしくは横方向に向いてしまう。そうすると、ボールは卓球台のはるか彼方へと飛んでいくことになる。うまい具合に‘‘弾く’’ことができないことになる。
そんな試行錯誤をしていたときに、ふと、あしたのジョーという漫画のことが頭の片隅に思い浮かんできた。卓球をしていて、なぜかボクシング漫画のことが思い出された。たしか、その中で、矢吹譲が少年院の中でジャブの練習する場面が書かれていた。明日への第一歩であるジャブの習得の場面である。‘‘左わきの下から離さない心構えで、やや内角を狙いえぐりこむように打つべし’’、‘‘右ストレートは右拳に全体重を乗せまっすぐに目標をぶち抜くように打つべし。この際、打ったコースト同じ線上を同じスピードで引き戻すこと。前に出した腕を瞬間的に引く動作を加えるのだ’’を思い出した。
本当に不思議である。なぜ、卓球をしている最中に半世紀も前に読んだ漫画のことを思い出したんだろう。なんだか、この‘‘明日のために’’という文章に‘‘弾く’’という感覚が宿っているような気がしてきた。卓球の球のやや内角をえぐりぬくように、ラケットの面を変えずに瞬間的に持っていく。そして、球がラケットに当たると同時に瞬間的に腕を引く動作をしながらボールを打ってみた。なんと、これまでの遅い球しか返せなかったものが、鋭い球となって返球することができるようになっている。まだまだ、コーチのような速いスピードのボールが返せるわけではないけれども、自分の中ではこれまで以上のスピードの球の返球ができるようになっている。
もしかすると、これが”弾く”という感覚なのではないだろうか、と思ってしまった。ラケット面を変えずに加速度をつけて前進させつつ、ボールトラケットが当たった瞬間にラケットを引き戻す。おそらく、ラケットの速度がMAXの瞬間にラケットを引き戻すことになっているのだと思う。ただただ、ラケットを前に押し続けていくだけよりもはるかに威力のある球が出るようになっている。
この打ち方が果たして‘‘弾く’’というコーチのいう打ち方なのか、そうでないのかはわからないけれども、これまで以上に威力がありそうなので当分はこの打ち方をブラッシュアップさせるようにしていこうと思う。
卓球独特の語句やら、言葉遣いを、感覚で説明されるので、初心者がその意味を真に理解するのはとても難しいと思っている。今回の‘‘弾く’’にしても、ひょんなことから潜在意識からの啓示で、自分なりの‘‘弾く’’ことにすることにした。こうやって、試行錯誤しながら自分なりの感覚を磨くよりほかはないのだろう。こうやって、昔の潜在意識が働いてくれたり、ひょんなきっかけが、技術の向上に役立ったりと頭の体操になっていることだろう。これだから、当分の間は卓球をやめることができそうにもない。





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