ずるいヒト
今日は朝から太陽が顔をのぞかせている。どうやら、太平洋高気圧が日本列島に張り出しているらしい。そのせいなのかもしれないけれど、関東ではゲリラ豪雨が発生しているらしい。また、埼玉では雹が降っているんだそうだ。
♪♪♪
BYE BYE ありがとう さよなら 愛しい恋人よ
あんたちょっといい女だったよ その分ずるい女だね
σ(-"-) 現役で働いている頃は、まわりにはずるがしこい人たちがごまんといた。それぞれの人が、思惑を持って働いているわけで、素直な良い人ではやっていけないのは、σ(-"-) もよく分かっていた。あまりにも、その人のことを信頼し過ぎると、最後に泣きの涙を見ることを、仕事を続けていくうちに覚えてきた。そんなわけで、仕事をしていくうえで、そんな人とはなるべく親密にならずに、ビジネスライクに接していくことにより、自分が傷つかないように心がけてきた。
リタイアメントしてしまい、仕事の関係もすっかりなくなった。日々の何気ない日常生活や趣味やだけの関係の人たちとなったので、よもやそんなにずるがしこい人が普段の生活に関わることはないだろうと思っていた。しかし、ずるがしこい人は世の中に蔓延している。いや、年寄りだからと言って「ズラがしっくりこない人」ではない。ずるがしこい人だ。ちょっと、辺りを見回すと本当にちょっとでもずるがしこく立ち回ろうと考えている人が多いと気づき出した。周りの人たちはそんなに変なずるがしこく立ち回る人たちは少ないに違いないだろう。なんていう、この考えはちょっと甘かったようだ。というよりも、コチトラも暇なせいもあり、人の粗が良く見えてくるようになっていた。やはり、性善説だけで生きていけるほど、世の中は甘くはないという事なんだろう。
その一
卓球の練習の時に自らは決して準備をしないし、後片付けも行わない。卓球台が出てきて、ネットが張られてから、あたかも自分が準備したかのごとくに一番に打ち出す。そして、練習が終わった後、あと卓球台には振り向きもせず、一番軽そうな衝立ネット(1台)をゆっくりと運んでおしまいにしている。
その二
同じく、卓球の練習で必ず開始時間を遅れて参加する。当然、事前準備はしない。その後は、二人だけで一台の卓球台を占有して自分達だけで楽しんでいる。
その三
これまた、おなじく卓球の練習で球拾いを一切しない。ただただ、自分たちは打ち合いの練習だけに専念している。球がなくなれば、横の台の球を拝借して練習を続ける。誰かが球を拾って補充することが当たり前のように思っている。練習の休憩中も雑談だけしていて、自分たちが打ち散らかしてしまった球を拾おうともしない。球拾いは他人がしてくれるもので、自分たちは楽しめさえすればよいとおっもているようだ。
その四
何事においても責任を取りたくないのか、判断を人に委ねてくる。既に、答えを持っているのにその答えは示さずに、あたかも判断を仰ぐかのように尋ねてくる。そして、自分の思う答えの通りになるように誘導している。で、不具合が生じると、判断をした人のせいにする。
その五
誰にでも愛想のよい顔をして好い人の振りをする。あたかも、その人のことも心配しているような顔をして近づいてくる。しかし、その愛想の好さは自分のためのものであり、決して他人のことなどは心配していない。自分が都合よく立ち回るためだけに、愛想の好さを演出しているに過ぎない。
う~ん、数え上げていけばいくらでも思いつくことが出来そうだ。どうも、卓球に関わることが多いのは、σ(-"-) 趣味の卓球の時間が多いからかもしれない。それでも、事前準備やら、事後の跡片付け、楽しく練習できるための球拾いなんて、当たり前にすることだろう。自分も楽しみたいけれども、他の人達も楽しむことができるようにという、思いやりがない人たちが多いなぁ。って思ってみてみると、これって仕事ができない人の行動様式そのものだって気がついた。前準備ができない、後始末ができない、責任をとるのがイヤで判断をしない、周りへの配慮ができない。まったくもって、仕事ができない人たちの典型的な行動様式だ。仕事じゃなくて、日常の生活やら趣味の世界だからとやかく言われないけれども、一緒に仕事をしていたら、おそらくは落伍していくタイプの人達にしか思えない。でも、仕事を離れてみると、結構こういう人が周りに多いことが分かって来た今日この頃だなぁ~。
もっとも、”人の振り見て我が振り直せ”って言われるし、他人は反面教師なのだろう。きっと、σ(-"-) も「ずるい人」なんだろうな。だから、他人の”ずるがしこさ”が目に付くんだろう。自分を戒めないと、こんな他人の粗探しみたいなことばっかり言ってると、それこそ変てこな頑固ジジィに育ってしまうに違いない。クワバラ、クワバラ。



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