何度目かのオイルショック

 曇り空気味だったけれども、雨は降らないと思ってウォーキングに出ていった。なんと、予想は見事に外れて、歩いている最中に雨に見舞われてしまった。天気予報では、雨とは言っていなかったと思ったんだけれども、どうも予測が甘かったようだ。おかげで、傘も持っていなかったので、すっかりと濡れてしまった。



アメリカとイランの協議は、どのように進むのかが不透明のまま、時間だけが過ぎている。イランの外相がパキスタンと会談をしたそうだけれども、革命防衛隊はそれを良しとしているのだろうか。そして、アメリカは政府代表者をパキスタンに送ることを中止したとなっている。


ますます、アメリカとイランの交渉の行方は混とんとして来ている。それにもかかわらず、原油価格は徐々に下がっているようだ。それにもまして、株価は上昇の気配を示している。日経平均株価は史上最高値の60,000円を目指している。なんだか、楽観論の中で動いているようにも見える。このまま、アメリカとイランの停戦が実現して、何回目かのオイルショックが終焉すると、万々歳となるんだけどね。

そういえば、σ(-"-) が中学生の頃、そう遠い昔の話だけれども、第一次オイルショックが日本を襲い、トイレットペーパーがなくなるという騒動が実際に起こった。その後、オイルショックの緩和に向けて、日本政府は国民に節約を求めたものだった。


子供の頃だったので、記憶が不鮮明だけれども、まずはテレビの深夜放送が自粛された。そして、ガソリンスタンドは日曜日や祝日は営業を休むようになったはずだ。街の中のネオンも電気を落として、華やかな街から光を失ったような静かな街に変わった。それまでは、”大きいことはいいことだ”と信じて、大量生産大量消費の時代だった。それが、オイルショックによって目を覚まされた日本人は、エコに目覚める転換点となったのだ。

便利な生活を追い求めていた日々が、少しは我慢するような生活へと変わった。節約やら、エコという言葉が人々の口の端にのぼりだした。それが、2年もすると徐々に生活は便利さを追い求める日々となっていったことを覚えている。あれから半世紀経った今、日常の生活を見回してみると、かつて以上に便利さを追い求める生活に慣れてしまって、バブル景気やら円高不況といった波をもろにかぶった。


当時にはなかったコンビニエンスストアが街のいたるところにできており、年中無休24時間営業で煌々と明かりをつけている。スーパーも年中無休24時間営業の所もある。24時間営業でなくても、夜中の11時くらいまでは営業をしている。お店が開いているのは便利なんだけれども、効率とか限りある資源を使っているという事を考えると、本当に必要なのかと疑問に思ってしまう。テレビは相変わらず深夜放送を延々と垂れ流している。風俗営業法の関係で営業は24時までのはずなのに、街中のネオンは不夜城のように輝いている。

一度、便利な生活に慣れ親しむと、かつての生活に戻ることはほぼ不可能なのだろう。それでも、今回の何回目かのオイルショックは、飽食に身をやつしている日本人へ「今なら、まだ戻れるよ。」という警告なのかもしれない。兆しは小さくても、それを見逃すと、後で大きな代償を払うことになる。華やかな宴の生活を見直して、身の丈に合った生活にもどらないと、今度はもっと大きな経済の波に溺れてしまうことになるのかも。日経平均が最高値なんて浮かれていると、そのうちに奈落の底に落とされるなんて言う事もあるのかもしれない。あまり、浮かれすぎないことだよな。ま、こういうときは”一休み、一休み。”



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