金は天下の回り物、健康は自分で作るもの
酷暑に近い暑い日が続いているだけに、ゲリラ豪雨も起こりやすくなっているらしい。突然の大雨が短時間で降ってくる。雨が降り出すと、バケツをひっくり返したようなすごい雨の量である。なんだか、まるで熱帯地方に来たような、スコールとでもいうような感覚の雨に戸惑ってしまう。
あっという間に年が明けて半年が過ぎ去った。若いころよりも、時間の過ぎるのが早いように感じる。働いている頃よりも、相当に時間の過ぎるのが早くなっているように感じてしまう。働いている頃の方が、色々なイベントがあり忙しかったのに、今の方が早く感じるとは想像もできなかった。
とにかく、働いている頃と言えば事務所に行っても会議に追われ、書類作りに追われ、メールに追われ、電話に追いかけられ、とにかく何かに追いまくられていたように思う。それをこなしていくだけで、一日はあっという間に日が暮れる。その後も、夜のお誘い等であっという間に時間が過ぎていた。
それに引き換え、今の生活はゆったりしているはずだ。なにかに追われるという感覚はもうなくなってしまっている。自分のペースで出来ることをしているようなもんだ。別に、急ぐ必要もないので、気の向くままに動いているといってもおかしくはない。それでも、1週間はあっという間に過ぎていってしまっている。毎週毎週が、変化のないはずの生活なのに、それこそあっという間に過ぎ去っている。”えっ、もう日曜日”、という感じで本当に速く感じるから空恐ろしくなる。このペースでいくと、あっという間に後期高齢者になって、お迎えのくる時までそんなに猶予がなさそうにも感じてしまう。
σ(-"-) の周りには、80歳以上のご老人たちがわんさかといる。σ(-"-) よりも15歳以上も年上の人達である。しかも、その人たちは口も達者だけれども、身体も達者だ。「後悔しないように、出来ることは何でもするねん」と言っているけど、もう充分何でもしてきたように見える。もっとも、身体が動くうちに自分のしたいことをしておかないと、身体が言う事をきかなくなってからでは手遅れになってしまうのはよく分かる。σ(-"-) も時間が過ぎるのが早いとかいう前に、やりたいことをしっかりとやり切っていけるように、もっと時間を大切にしていこうと思う。お金は天下の周りものだけど、健康はお金で買えないからな。老後生活を楽しむためには、なにはともあれ健康を保たなければならない。なにしろ、老後の健康は自己管理の賜物なのだから。
しかし、健康を保つために時間をとるとなると、ただでさえ短い一日がますます短くなるちうジレンマに陥ってしまう。あちらを立てれば、こちらが立たず。人生って、いつも究極の二択を迫ってくるものなのかもしれない。どちらがより自分に必要なのか、見極めていかないと、貴重な時間を無駄に使うことになりかねない。おそらく、遠回りのようにみえて避けがちな道が実は一番有効な選択であり、近道とか、楽だと思える選択をすると、その先はより厳しいものが待っていたりするのかもしれない。‘‘禍福は糾える縄の如し’’、どちらを選んでも悔いのないように、自分の意志で選択をして、その先の結果を受け入れる覚悟がいるんだろうなぁ。できることなら、「人には優しく、自分に厳しく」という心構えをできることなら選んでいきたいものだ。




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