にほん昔話 まねっこ化け物
いよいよ夏本番である。今日も真夏日となり、気温はグングンと上昇している。そして、台風9号は勢力を保ったまま、宮古島や石垣島を直撃したようだ。今年は台風が頻繁にやってくるし、規模も大型のものが多い。台風の被害にあわれた方々のご無事をお祈りしたい。
論語、論語、野合・・・あっ、言い間違えた。
Long Long Ago そう、昔むかし饂飩町に淳々爺さんというおヒトがいたそうな。
ある冬の時、サナエばあさんによる突然の選挙で淳々爺さんの仲間の多くが落選してしもうたんじゃ。議員は落選するとただの人となるので、一夜にして多くの仲間たちは生活に困ってしまうようになったんじゃ。そこで、淳々爺さんは落選して生活が立ち行かない仲間たちを何とか支援をしたい。しかし、手元不如意でありなんともしようがなかった。そんな中、ふと奇策が頭をよぎったんじゃ。お金がないなら、世間で流行っているクラウドファンディングによる資金調達があるじゃないかと、その奇策を実行したんじゃ。おそらくは、創価学会系の人々による組織的な寄付と、役場にいらっしゃる自治労系の人達の寄付という、組織的な半強制的ともいえるやり方のおかげで、クラウドファンディングを集めることができたそうな。
予定の10倍以上の資金が集まったので、薄っぺらな淳々爺さんは政策や党の広報にも使用することにしたそうじゃ。目立ってなんぼの世界で生きてきた淳々爺さんは、ご自身が振り返る構図のモノクロ写真に青文字で「暮らしが、先だ」と決めたんだそうな。う~ん、なんだかなぁ~、どこかで聞いたようなキャッチーじゃわなぁ~。もうこれは、自民党というよりも国民民主党を意識しているとしか思えない。ひょっとすると、扇風機おばさんの吉野連合会長に「あわよくば、国民民主党と一緒になる方策を考えなさい。」とでも言われたのかもしれんのう。
連合としては今の二股に分かれている状態は何とか解消してもらいたいという思いがあるのではないだろうか。しかし、中(華)道と国民民主党では基本の考え方が全く違っているから、一緒になると、それこそ野合でしかない。もっというと、一緒になってから内部で批判して分裂の危機をはらんでいるともいえる。そもそも、原子力に関する政策、国防に関する政策、経済安全政策、選択制男女別性、と、ことごとく違っていると思う。水と油といってよいほどだと思う。
それでも、淳々爺さんは存在感を示すために、週刊誌に掲載されている記事を頼りに、国会論戦に挑んできた。いわく‘‘サナエトークン‘‘とか‘‘中傷動画‘‘の、週刊誌の取材してきたネタを繰り広げるばかりじゃったそうな。口先では「暮らしが先だ」と言いながら、その実態は相も変らぬ週刊誌ネタででしかない。国民生活のことを考えるよりも、「週刊誌が先」だという状況である。もっといえば、「落選議員の暮らしが先だ」と言っているようなもんである。
‘‘モノ言えば、唇寒し‘‘淳々爺さんである。人間、落ち目の時に何かをしても、ますます泥沼にハマってしまうもんじゃ。そう、泥濘の世界でもがいているようになるんじゃ。そういうときほど、自分を見つめなおし、次の機会に向けて研鑽できるのか、現状に抗って無駄な抵抗ともいえる悪あがきをするかで、大きく変わるもんなんじゃ。淳々爺さんは悪あがきばかり重ねて、自ら「なぜ淳々は総理大臣になれないのか」と世を恨みながらわが身の不運をこぼしたそうな。
人の活躍をうらやみ、その人の発想をうまく真似たつもりでも、中身が伴わない。そのため、世間の人から一顧だにもされないまま、仲間も散り散りになり一人ぼっちとなってしもうたんじゃ。人間、人まねで背伸びばかりしておると、最後には転んでしまうんじゃ。自分の器にあった生活やら仕事を地道にする者だけが、周りの人からも助けられるんじゃ。ほれほれ、もう一度鏡に映った自分の姿を見なさいな。まねっこ化け物がそこに映っとらんかい。ご用心しなされや。







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