政府が大丈夫という時ほど危ない

 天気予報で下り坂と言われていた通り、お昼過ぎには雨が降り出した。前回の雨とは違って、シトシトと降っている感じだ。それでも、この雨は夜半まで降り続くそうだ。ついこの間までの雨降りは、肌寒かったけれども、今回はそんなに肌寒いとも思わない。桜の花も大方散り急ぎ、葉桜の花びらに雨が降り注いでいる。



先日の報道で、TOTOがユニットバスやらシステムバスの受注中止を発表していた。TOTOがこれらの商品が作れないのは、ナフサの欠品から製品を作ることができないことの結果であるらしい。となると、これは大手のTOTOだけの部品調達の問題で終わるはずもなく、次は2番手企業のLIXILも商品の欠乏を来たすことになるにちがいないと思っていた。そういたら、案の定、今日の報道でLIXILもユニットバスの納期が未定となる旨の報道が出ていた。これで、当面は住宅の建築やらリフォームに滞りが起きることは必定である。


塗料関係の仕事をしている人も、シンナーが欠品状態だと騒いでいる。クリーニング業界の人も、クリーニングしたものをくるむ袋が足りなくなってきているといっている。石油由来の製品が、徐々に市場から消えていっているのが実情のようだ。

こうなると、巷で言われているように、スーパーの食品のトレー皿やら、ラップ、包装用の袋まで日常生活に直結するものも足りなくなるのは、時間の問題なのかもしれない。これでは、単なる物価上昇では済まなくなる。それこそ、日常生活そのものが立ちいかなくなりそうな様相を示してきている。

そんな状況に追い込まれているのに、高市総理大臣は、そんなことはどこかの異世界のような雰囲気で、「備蓄があるので、石油由来製品の供給は行われる。日常生活は大丈夫だ。」と平気での賜っている。早苗ちゃんって、まさかスーパーとかには行かずに、日常生活を全く知らないんじゃないだろうか。


大体、政府が大丈夫という時に限って、大丈夫じゃないということは、東日本大震災の時に既に学習してきた。あの時も、原子力発電所の電源が喪失されて、メルトダウンの危機だと一部のマスコミは騒いでいた。しかし、政府(菅総理)は「大丈夫だ。たちまちの健康被害はない。」と、平気で嘘をついていた。その頃には、すでに原子力発電はメルトダウンしていたことは、相当後からになって国民に知れることとなった。

昨年の”令和の米騒動”の時も、お米の在庫はしっかりとあります。流通の目詰まりです。とか言いながら、お値段だけはドンドンと上がっていった。結局、お米は不足しており、参議院選挙目当てに”備蓄米”を放出したことも記憶に新しい。


現在の企業は在庫を持たないことが良いことだと、うま・しかの一つ覚えのような行動様式である。これは、トヨタのジャスト・イン・タイムの悪しき慣習が世に広まったせいでもある。中小零細企業に無理を押し付け、自分の利益の最大化を図る悪慣習の結果ともいえる。というよりも、他社の利益を自社に付け替えて、自分達だけの繁栄を志向しているからだろう。業界としての成長や、全体としての最適化による利益の適正配分がなされていないため、少しの欠品が日常生活の大きな脅威となる。昔の人のように、”損して得取れ”とか、”共存共栄”という他への視点が抜け落ちている現代の風潮の結果なんだろう。

「流通の段階で目詰まり」とか言っているけれども、お米の時と同じ言い方だな。そもそも、国内在庫が少なくて、需要に応じきれずにいるという事だろう。これは、「目詰まり」とかではなく、「原料在庫の不足」なんだと思うけどな。目詰まりならば、改善の余地もあり政府の言うように「大丈夫」かもしれない。しかし、事は「原材料の不足」であるはずなので、中東から原油タンカーが日本にこない事には、話にならない。ということは、「大丈夫」ではないという事じゃないんじゃない。



石油の備蓄は年明けぐらいまでは確保している、ナフサも4か月分程度あるということだけれども、政府の発表だけにこれまでのことを考えると信用できない。そして、高市総理は現実を見つめることもなく、場当たり的に希望的観測の身で動いているように見える。それでも、”燃えろ、早苗”と歌ってもらえてハシャイでいるようでは、リーダーの資格はないんじゃないだろうか。国民の不安を払しょくして、安心して生活できる国づくりが必要で、アメリカに忖度した似非保守の国づくりをお願いしているわけじゃないんだけどな。大本営発表ではないけれども、政府が大丈夫っていう時に限って、本当は逆に危ないんだよな。





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