こんな人とは付き合わないことです

 今日も、季節外れに暖かくなっている。こうも暖かくなってくると、天気は下り坂に向かう事だろう。雨が降れば、渇水で水不足の地域も一息をつけることだろう。野菜の生育にも、プラスに働くことになるだろう。雨降りは嫌だとかは言ってられないな。



三島由紀夫が言ったことなのだそうだけれども、「その人の本質を知りたければ、食事に誘いなさい。食事中は演技を続けることができないものですから。」という言葉があるそうだ。


食事に誘うという事は、なかなかむつかしいものがある。仲間内であれば、食事に行くこともやぶさかではないけれども、あまりよく知らない人と食事に行くのは苦痛である。その食事中に何を話せばよいのか、戸惑ってしまう。気まずい雰囲気になれば、食事そのものが不味くなってしまう。そんなこともあり、現役時代も気心の知れた仲間との食事は結構したけれども、あまり知らないヒトとの食事は気が重たかった。

もっとも、σ(-"-) 少し人見知りなところもあるのが、その原因なのかもしれない。しかし、食事中には演技を続けることができないので、その人の本質が現れ出るというのは、確かにそうなのだと思う。


三島由紀夫が言うところによると、食事中に音を立てて物を食べる人は、食べている音をその人は聞こえているけれども、それが他人にどう聞こえているのかが想像できないヒトなんだそうだ。すなわち、自分を外から客観的に見つめることができないヒトなのだそうだ。

次々に、食べ物を口にほおばって食べる人は、モノの順番をわきまえることができていないそうだ。一口食べて、咀嚼をして、飲み込む。そして、次に一口に口に入れるという順番がある。しかし、その順番を守ることなく、ドンドンと口の中に放り込んでいく。すなわち、モノの順序という事が理解できないヒトなのだそうだ。

大皿で出された料理を、後先考えずに自分に取り分ける人。あるいは、自分の前に引き寄せてしまう人。これは、周りへの気配りや配慮ができていないヒトなんだそうだ。自分だけが良ければよい、他人のことを気遣う事が出来ないというのがその人の本質なんだそうだ。


料理をたくさん取ってきて、結局食べきれずに残してしまう人。自分でやりたいことと自分が出来ることが分かっていないヒトなんだそうだ。目の前にある仕事でも、なんにでも取り組むけれども、結局は何も成し遂げられない。ご自身の能力を買いかぶっている人なんだそうだ。

食事中に、ずっと人の悪口を言う人がいる。他人の悪口は、聞いている側としては気も悪いし、相槌にも困ってしまう。それでも、その場にいない人の悪口を言う人は少なからずいる。そういう人は常に、他人の欠点やら出来なかったことなどをあげつらい、常に考えていて、心の中で批判しているのだ。しかも、その人は、もしあなたがその場にいなければ、あなたの悪口を言っているのだろう。


また、食事中に「ここだけの話なんだけど・・・」と秘密の話をしだす人がいる。この人は、秘密を守ることができない。そして、その裏には、秘密の話にはみんな興味があり、その話題の中心になることができる。つまり、常に話題の中心にいたがる信条が心の奥底に潜んでいるのだ。こんな人は、人の話に割り込んでくる、話を強引に自分の話に持っていく、常に自分が話題の中心になりたがるといく癖がある。


そして、食事中にお金の話をする人もいる。やれ、給料はどうだ、あなたのボーナスはどうなのか、その商品はいくらなのか、とどんなものでもお金の価値に置き換えて話をする人である。なにかあれば、すぐにお金に結び付けて話をする。σ(-"-) の周りにも、一人このような人がいる。賃上げはいくら上がったのか、今の役職の給料はいくらなのか、ボーナスはいくら出たのか、マンションはいくらで買ったのか、挙句は退職金はいくらもらったのか、事細かく話題にしてくる。

この様な人は、自分の価値に自信がない証拠なんだそうだ。自信がないから、お金という価値に置き換えて、自分とその人の上下関係を探ろうとしている。なんにでも、お金の価値という尺度をあてて、自分より優れているのか、劣っているのかを図りながら、心の平穏を保とうとしているのだ。


こういう人たちとは、心貧しき、可哀そうな人として見てあげながら、自分からは少し距離を置いておく方が無難である。一緒にいれば、”朱も交われば赤くなる”で、自分も心貧しき、可哀そうな人のレベルに叩き落されることになるらしい。まずは、自分の癖を見極めて、心貧しくなっていないかを見直していかなければならないな。人のふり見て、我がふり直せっていうところから始めるか。


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