ちょっとやり過ぎちゃうか ステルス増税

 彼岸の中日ともいわれる、春分の日は穏やかな日中であった。もうすっかり、春の装いで気持ちの良い一日となった。今日は、お彼岸だし、おやつにはオハギを頂いた。なんだか、日本の文化を守っているって感じがしていいなぁ。




先日の参議院予算委員会で、共産党の議員が高市総理に「給付付き税額控除の議論を行っていく中で、消費税の増税とセットで 検討することになっているのか?」と質問をした。高市総理の回答は「私自身が消費税を増税するという考えは持っていない。」と明言した。って、当たり前やろ~。なんて、バカげた質問してんだろう。自民党の歴代首相は、自分の時には増税しませんと明確に言いながら、シレ~ッと増税してきたことを忘れたんかい。

なにしろ、これまで増税を打ち出した総理はすべて失敗しているんだから、これまでの歴史で学んできているっていうもんだ。


それよりも、今、きちんと論議しなければならないことは、通勤費を社会保険の算定に合算していることじゃないのかな。

所得税では通勤手当は実費弁償的性格をもつとして一定額まで非課税である。それに対して社会保険制度では「報酬」とみなされ負担が生じているのだ。このことに対して高市総理は「社会保険制度では、労働の対価として受け取るものはすべて「報酬」とみなす原則があり、負担の公平性の観点から現在の取り扱いとしている」と答弁している。

この答弁は詭弁にあふれている。そもそも、通勤手当って通勤場所へ通うためのものであって、労働の対価とはいいがたいものだ。もし仮に、通勤手当が労働の対価とするならば、通勤時間も労働時間に参入しなければならない。しかし、そこはスルーして取れるものはなんでも掠め取ってしまえっていうハイエナ的な意地汚い根性が丸見えの厚労省の考え方が浮かび上がっている。当時の厚生省としては、高齢化を見据えて社会保障の費用がかさむばかりなので、社会保険料を多く徴収しようという魂胆だったんだろう。手っ取り早く、所得が100%補足できるサラリーマンからいかに多く徴収するかに行きついたんじゃないのかな。そこで、通勤手当に手を付けて、屁理屈をこねて報酬とみなして社会保険料の網にかけたんだろうな。


高市総理は「働いて×5回、働きぬく」のはご自身だけで、他の人には押し付けないと答弁していたはずだ。通勤手当を報酬とすることを是としている制度の最高責任者であるのならば、通勤時間も労働時間なんですと言えばよい。それで、通勤時間も含めての労働時間なので、所定労働時間を超える場合は通勤時間でも時間外勤務としてしまえばよいじゃない。それこそが、令和の働き方改革になるんじゃないの。企業も、政府に言われて通勤手当を含めて社会保険料を算定していることに異を唱えていないんだから、「政府の仰せのとおりごもっとも」と、通勤時間を労働時間に算入すればいいじゃない。そもそも、多くの大手企業の経営者たちは自民党を支援しているんだから。

そもそも、所得税は財務省の管轄、社会保険料は厚労省の管轄、住民税は総務省とそれぞれ管轄が異なるために、微妙に取り扱いが異なっている。”税と社会保障の一体改革”とかいう美名の下で国民に目くらましをしながら、国民への負担を増やすことばかりを考えている。近頃は”増税”というと大反対をされるので、社会保険料とかに姿を変えてステルス増税をかけてきている。特に、高市総理は増税ではないけれども国民の負担を増やす、ステルス増税を頻繁に用いているように思う。安全保障関連の費用を大幅に増やす、積極的な財政出動をする、しかし赤字国債は発行しない。増税もしない。どうやって、帳尻を合わせるのかと思えば、社会保険料など取りやすそうなサラリーマンからシレ~っと掠め取っている。


社会保障にかかる負担が大きくなってきていることは、多くの日本人が理解していることだと思う。まずは、予防医療を徹底するとか、早期の対処が可能となる仕組みを作り上げることが必要だと思う。高額療養にしても、長年忙しくさせてなかなか医療にかかれなかった結果、より重篤化している可能性もあるんじゃないのかな。足らざるについて、安直な所から徴収して、その場しのぎをするのではなく、問題点を明らかにして、きちんと論議をしていくことが国民の理解を進める上では欠かせないのではないだろうか。


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